『あなた・・・・だあれ?』
      
      ちがう・・・・
      そんな言葉を聞きたかったんじゃない。
 
      『知らない人なのに・・・?』
 
      もう一度、笑ってほしかったから。
      “小狼”って呼んで欲しかったから。
 
 
      だから――――――
      







 

    名もない行為
 
      

      

      

      「ちがう・・・・っ!」
      「小狼君!」
      目が覚める。
      俺の瞳いっぱいに映ったのは、翠の瞳。
      「さくら姫・・・・・」
      「大丈夫?うなされてたみたいだったけど・・・」
      さくらは、深く眉根を寄せて心配そうに俺を見ていた。

      ちがうんだ、さくら。
      俺は―――――

      「・・・いえ、大丈夫です」
      「本当に?隠したらもっと心配になる」
        「本当に、大丈夫です。ちょっといやな夢を見ただけですから・・・・」
      俺は、苦し紛れにそう言った。
      さくらは、小さく息を吐いて、俺の手を握った。
      「・・・・小狼君が苦しんでるのに、わたし何もできない・・・・・」

      ちがうんだ―――――さくら。

      「そんなことありません。俺は・・・・姫が笑っていてくれれば、それだけで・・・・・・・いいんです」

      そんなの、嘘。
      もっと、望んでいる事がある。

      「・・・・ありがとう。小狼君は、いつも優しいね」

      俺は、優しくなんかない。臆病なだけだ。
      そんな俺の心境など露知らず、さくらは頬を赤く染めて笑った。
      いつもは胸が暖かくなるさくらの笑顔も、今の俺には悲しみを増幅させるだけだ。
      ただ、心に冷たい風がふくだけだった。

      「今、ファイさんと黒鋼さんとモコちゃん、お買い物に行ってくれてるの。だから、2人でお留守番」
      「わかりました」
      さくらは、にこっと笑って台所に向かっていった。

      旅の間、家事の全般を担当としているのは、主にさくらとファイだ。
      そのためか、さくらは料理の腕(うで)が一段と上がった。
      「そろそろお昼だし、ファイさんたちが帰ってくるまでに用意しておいた方がいいよね」
      「俺も手伝います」
      「ううん。いつも、わたし小狼君に世話をかけてばかりだから、わたしにできる事はがんばりたいの。だから、座ってて」
      「でも・・・」
      「いいからっ」
      思いがけず強気な態度を見せられて、俺はおとなしくソファに腰かけた。



      ―――――矛盾。
      さくらの側にいると、必ず俺の中からうまれるもの。

      大丈夫。
      そんなわけない。
      それだけでいい。
      それじゃ足りない。

      「じゃあどうすればいいんだ・・・・」
      どうすれば、いいんだ・・・・・・・・・・・。
      ひとり、虚しく笑うしかないという歯がゆさ。
      いつも、そう。
      自分の内で湧き上がる様々な思いが、渦巻いて絡まって、結局自分じゃどうしようもなくなってしまう。



      かちゃかちゃ、という、食器の重なる音。
      かたかた、という鍋の音。

      ―――――こうしてると、なんだか夫婦みたいだ。

      そんな邪な考えが浮かんで、俺はぶるぶると首を振った。

      俺達は、夫婦どころか――――――幼馴染でさえなくなったんだから。
      すると、さくらがふと笑った。
      「ふふ。こうしてると、なんだか夫婦みたいね」
      「え??」

      か、考えを読まれた!!??

      驚いて思わず目を丸くすると、さくらは赤くなってうつむいた。
      「へ、変だよね、そんなこと考えてるなんて。
      でも、あの・・・・・・」
      「いえ、あの、えっと・・・」
      言葉を詰まらせたさくらに、かける言葉が見つからない。
      「・・・・・不思議なの。なんだかわたし、こんな風景を夢見てた気がして。・・・嬉しくて・・・・・」
      「姫・・・・・・・」
      「ご、ごめんねっ?あのあの、えっと・・・っ
      も、もうちょっとでできるからっっ」

      さくらは、あわあわとまた料理に取り掛かった。
      すると。

      「きゃっっ」
      「姫!?」
      ガシャン、と何かが落ちる音がした。
      慌ててキッチンに飛び込む。
      「姫!!」
      そこには、右手を抑えて顔を歪めるさくらがいた。
      「い、た・・・・っ」
      まな板の上にはまだ切っている途中の野菜があり、ころころと床に落ちる。

      どうやら、包丁で指を切ってしまったらしい。

      「大丈夫ですか!?」
      さくらの手から、赤い血が滲んだ。
      「へ、平気です」
      「平気じゃありませんっ!早く処置しないと・・・・・」
      周りを見渡すが、そこに治療できそうなものはない。

      しょうがない。 

      「だ、大丈夫・・・っ・・・・・・・・・え?」
      俺は、さくらが包丁で切ったところをくわえた。
      普通ならそんなことできないが、今はしょうがない。
      「ちょ、ちょっと待ってっ小狼君!そんなことしたら・・・・・」
      「・・・・・静かに」
      「そ、そんな、待って・・・・っ」
      さくらがおもいっきり慌てているのは、わかっている。

      ・・・こんな状況で、どうして俺はこんなにも冷静なのか・・・。

      自分でも理解できない。
      「しゃ、小狼君っ」

      ―――――ちゅ。

      「ん・・・・・」

      次には、うるさいさくらの唇を・・・ふさいだ。
      「・・・静かに、と言いました」
      今度ばかりは、だまりこくるさくら。
      というか、完全にショートしたようだった。
      「そんなにひどくはないようです。念のため、もう水仕事は避けてください。
      あとは俺がやりますから」
      俺は、あえて冷静にさくらを諭した。
      さくらは、壊れたロボットのように、何度も首を縦に振った。
      「じゃあ、包帯を持ってきますね。
      ちょっと待っていてください」
      俺は、そそくさとその場を去った。



      救急箱、救急箱っと・・・・・。
      手は救急箱を探し、頭は別のことを考える。

      そういえば、不意打ちをくらったさくらの顔、かわいかったな。

      「・・・・って。ええぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っ!!??」
      ・・・・・やっと、自分がした事の重大さを理解した。


 
      「小狼君・・・・・・」
      さくらは、もう自分が怪我をしたことも忘れて呆然と立ち尽くす。
      小狼君がキスしてくれた唇にそっと触れると、そこは甘い熱を持っていた。

      とってもとっても恥ずかしかったけど。
      こんなにも心が温かいのは何故だろう?
      ほわん・・・と、さっきの余韻に浸っていると。
      「ええぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っ!!??」
      耳をつんざくような、小狼の叫び声が聞こえた。






〜後書き〜

わ、わわ・・・・・・・
小狼が、ものすごくヘタレなんですけど!?
なんだか、書いてるこっちが恥ずかしくなるようなものになってしまいました・・・・・・・。
はじめの方とか、小狼すごく鬱だし。
んーどうして私が書くとこんなものしかできないんでしょうか??




>>NOVELに戻る



inserted by FC2 system